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記念QSL発行協力局リスト
このページでは、記念QSLカードをご購入頂いた際にコールサインとお住まいの市区町村名を公開する事に同意頂いた方の情報を、「記念QSL発行局リスト」としてご案内しています。
便宜上、お住まいが相模原市内か市外かで分けていますが、記念QSLは発行局のお住まいや運用場所に関係なくアワード申請に利用可能です。
| JA1NSO |
JF3OJO/1 |
JH1HTQ |
JH1IPA |
JH1NIK |
JK1NNQ |
| JK1UBE |
JM1XWP |
JO1NLA |
JQ1XFE |
JR1CKU |
JS1RCY |
| 7K1BEY |
7N1NMW |
7L2PBJ |
7N3BZM |
7N3TMD |
JE1AAI |
| JG1JXH |
JA1VZV |
7N3VLF |
7N2JLM |
JH1BSJ |
JA1WJH |
| JP1GJU |
7K3SCQ |
JS1SSS |
JK1ZQW |
JA1GBX |
JS1QOF |
| JA1GOQ |
7L3GZC |
JF1RMX |
JA1XGK |
JR1CKU |
JG1ZOO |
| JP1GJR |
JA1ARX |
JA1LAU |
JF1LFW |
JF1OEC |
7M1MBO |
| JH1ANZ |
JA1VNA |
JF1RAB |
JG1GDB |
JH1HPH |
JK1MSO |
| 7N3CCU |
7M1VGP |
|
|
|
|
相模原市外局
| 平塚市 |
JH1SEF |
| 藤沢市 |
JG1DKS JM1LAW |
| 茅ヶ崎市 |
7L1AIN |
| 大和市 |
JQ1LAW 7N4URW |
| 海老名市 |
JH8HAV JJ1MHE |
| 座間市 |
JJ1XNF JF1HIS |
| 綾瀬市 |
JN1IKT 7N1MHQ |
| 愛甲郡愛川町 |
7M1PYM |
| 津久井郡津久井町 |
JI1HSW 7L4RBY |
| 津久井郡城山町 |
7L2QXJ 7M1XJR |
| 横浜市西区 |
JJ1UZU |
| 横浜市保土ヶ谷区 |
JF1YHO JK1NLO |
| 横浜市金沢区 |
JA1NMH |
| 横浜市戸塚区 |
7M1UCT |
| 横浜市旭区 |
JA2WIB JG1IFL |
| 横浜市緑区 |
JA1OQ |
| 東京都町田市 |
7N3TBQ |
| 東京都渋谷区 |
JS1FVG |
| 東京都国立市 |
JM1GVQ |
| 東京都東大和市 |
JA1ACV |
上記一覧は、カード購入時にご記入頂いております「購入受付簿」に基づいて作成されています。ご記入の際にホームページ上へのコールサイン掲載を希望されなかった皆様も含めまして、アワードへのご理解とご協力を頂き、誠ににありがとうございます。
掲載内容の変更修正については、電子メールにて当委員会までお知らせ下さい。
アマチュア無線
無線通信技術の商業利用が始まる前の時代では、グリエルモ・マルコーニに代表される個人の研究者が技術的興味を満たすために無線機器を作って無線通信を行っていた。つまり、すべての無線がアマチュア無線だったのである。商業利用が始まってからも、無線通信技術の進歩にアマチュア無線家が果たした役割は絶大であった。特に当時は全く利用価値がないと思われていた短波帯を、低電力で全世界と通信可能な周波数帯であると確認したことは、全世界の研究家たちの業績に他ならない。そのため、タイタニック号事件を契機として国際的な
外為どっとコムの枠組みが構築され、電波の国家管理が始まった後の時代においても、アマチュア無線の保護には格別の配慮が図られ、幅広い周波数帯の利用が認められた。現在でも、中波から
セントラル短資波までの様々な周波数帯がアマチュア無線に割り当てられている。アマチュア無線の楽しみ方としては、「ラグチュー」と呼ばれる雑談や、「DX」と呼ばれる遠距離通信、「コンテスト」と呼ばれる通信の競技会、「アワード」と呼ばれる条件を満たした通信を行うことで
ユーキャン 介護福祉士賞を得ることを目指すこと、などがある。他にも「QSLカード」と呼ばれる交信の記録となるカードを愛好家同士で交換・収集することも大きな楽しみのひとつである。wiki引用 日本でのアマチュア無線の歴史は、無線の実用化たる東京放送局(JOAK, NHKの前身)のラジオ放送開始に先駆けること数年、大正末期に「私設無線電信無線電話実験局」として認可されたときから始まる。当時の電波は国家に管理されており、JOAKと言えども私設局に過ぎなかった。昭和に入ると国家総動員体制に組み込まれていき、各地で「無線義勇団」「国防無線隊」
マネックスFXが結成される。しかし1941年12月8日の太平洋戦争開戦に伴い、同日、私設実験局の運用は禁止された。再開されたのは、戦後独立を回復した後の1952年のことであった。その後は、高度経済成長と、科学技術に対する国民の高い関心を背景として、日本のアマチュア無線は大いに発展し、1970年代には「趣味の王様」と呼ばれるブームとなり、1980年代にはアメリカ合衆国を抜いて世界最大のアマチュア無線人口を擁するに至る。